2018年/ベルギー/105分/PG12/ビクトール・ポルスター/アリエ・アルトワルテ/83点
ーあらすじー
男性の体にうまれたトランスジェンダーのララは、バレリーナになることが夢で、強い意志と才能、そして血がにじむような努力で、難関とされるバレエ学校への入学を認められる。しかし、成長とともに変わっていく体によってうまく踊れなくなることへの焦りや、ララに対するクラスメイトの嫉妬や嫌がらせにより、次第に心身ともに追い込まれていく。
映画.comより
ざっくり感想(ネタバレなし)
ララを演じるビクトール・ポルスターの演技がすごい
弟(子役)の演技もうまい
ララのバレエから伝わる苦悩
家族の理解をもってしても立ちはだかる壁の高さよ
「エモーショナルなクライマックス」…?
ララを演じるビクトール・ポルスターの演技がすごい
ララはバレリーナになるという夢を持った努力家で優しい女の子。身体は男の子。
…としか思えないララを演じる、ビクトール・ポルスター凄い。
過剰に女らしい仕草をしたり高い声で話したりということもなく、演技も抑えたものだけど一人で抱え込んでしまうララの苦悩が伝わってきました。
服を着てると「ちょっと背の高い美少女」としか。
バレエのレッスンでレオタードになると腕など逞しく胸も平で、股間ははララがテープでガッチガチに押さえつけてるので「よく見れば膨らみが?」と感じる程度。
医者や父親に「体に悪いからテープは使わないように」と言われますがララは使用を止めません。
レッスン後に何度か股間のテープを外すシーンがあるんですがかなり粘着力があるもので押さえつけていて、剥がした後は肌が赤くなっています。
使わない方がいいのはその通りだけどテープしなかったらしなかったでなぁ…。
自分がララの立場だったらテープは使っちゃうと思う…。
この作品は「トランスジェンダー(性自認と身体的性別が一致していない人)をシスジェンダー(性自認と身体的性別が一致している人)が演じている」「身体に固執している」「ラストが問題」などの批判もあるとのことですが、学校で毎日レオタードを着て、レオタード姿のクラスメート数十人に囲まれながらバレエレッスン漬けの日々を送っていたらそれは身体に固執してしまうのでは…とか。
着想となった、トランス女性ダンサーのノラ・モンスクールが「すべてのトランスジェンダーの経験の表象などではなく、私自身の人生経験の語り直しである」と述べているように「とあるトランスジェンダー少女の物語」では駄目なのかなとか考えました。
「模範になりたいんじゃない、女の子になりたいだけ」
「なりたい自分」になれない壁はジェンダー問わずぶち当たるもの。
トランスジェンダーは「体という器」そのものが違っているのでその壁の数が多いのだと思います。
「なんで」「どうして」「どうせ伝わらない」「心配かけたくない」「自分でどうにかするしかない」「いつかって、いつ?」
主人公のララに思春期の頃の自分を重ねたり現状に燻る今の自分を重ねたりジェンダー問わず共感する人は多いのでは。
だからこそ観ていて苦しくしんどいです。
ララの父親はシングルファーザーで「前の学校が好きではなかった」ララの為に引っ越し、職場を変え、娘を理解したいと会話を心がけうざがられます。
誕生日と年越しにホームパーテイを開きますが、参加者も「綺麗になったわね」「その服似合ってる」などララに声をかけ女性として接しています。
そこに至る経緯は描かれてないですが、6歳の弟・ミロがララとちょっとした喧嘩をした際にララのことを「ヴィクトル」と呼ぶんですね。悪気はなくうっかりした感じで。
ララは少しの間固まって、ミロに「その名前で呼ばないで」と言います。
ララが「ララ」として定着したのはそれほど前のことではなく、色々なことがあったのでしょう。
学校でも生徒が表立ってララをいじめたりすることはないんですが(ただ特別視してくる生徒はいるしララ自身も一歩引いた距離感で皆と接している)、入学してすぐのホームルームで教師から「あなたが一緒の更衣室を使うことを挙手によって女子生徒に確認したい」と目を閉じるよう言われたり、女子と一緒の更衣室を使うけれども堂々と体を見せられなかったり女子の体を堂々と見るのも憚られたり、日本と比べて格段に理解は進んでいるんだけどそれでもベストな対応ってどんなんなのか本当にわからない。
病院の医師も「身体への影響を考えて少量ずつ」ホルモンの薬を処方したり「(身体はまだ変わっていなくても)君は既に女の子だよ」とララに話しますがララは頑なです。
厳しいバレエレッスンにも音をあげず病院にも通い懸命に生きるララを父親は「お前はみんなの模範だ」と労りますがララは「模範になりたいんじゃない、女の子になりたいだけ」と答えます。
「『大丈夫』と答えるのは大丈夫じゃないから」
薬を飲んでも胸は膨らまず、股間をテープで固めるのを止められず炎症を起こして手術も延期。クラスの女の子たちと女子会お泊まりをしたら「ロッカーで私たちの裸を見てるんだからあなたも見せなさいよ女同士でしょ」と下半身を見られ。恋というものがまだよくわからず、同じマンションに住む気になる男の子にアプローチするも傷つき。父は恋人ができそうだしバレエが上手くなりたい上手くならなきゃと焦り、ララは追いつめられていきます。
父親は一貫してララを理解したい、話してほしいと献身的なのですがララは「大丈夫」としか答えません。
色々なことが重なり「大丈夫」と答えながらも涙が出てしまった時も「じゃあなぜ泣くの」と聞かれ「大丈夫じゃないから」と答えるだけ。
この親子、揃って優し過ぎて優しさ故にすれ違ってる。
少ない言葉や控えめな笑顔からもララの思いは伝わりますが、心情とリンクしたようなバレエシーンは特に良かった。
トゥシューズの中の血に濡れた爪先の痛みを堪えて、皆より遅れてバレエを始めた自分は早く上手くならなくちゃ、バレエに集中しなくちゃ、でも…と必死に踊るララ。
しかし無理がたたって、クラス発表会のリハーサル時、ララはとうとう倒れてしまいます。
以下、ネタバレあり感想
倒れたララは「体力が落ちているからバレエを休むように」言われ抵抗しますが結局バレエから離れることにし、クラスの発表会は観客席から鑑賞します。
ある日、父と弟が揃って外出しララは留守番。
ララは冷凍庫から氷を取り出します。
嫌な予感。
『まさか』と思いながら観ていると更にララはどこかへ電話をかけこう伝えます。
「救急車をお願いします。名前と住所は……」
『ちょっと待て待ってくれ』と心のなかで説得を試みますが当然話は進んでいきます。
後ろ姿のララはズボンと下着を脱ぎ、一緒に持ってきた氷で局部を冷している様子。
しばらくしてララは大きめのハサミを取り出し…。
数秒後、呻き声を上げそのまま倒れ込むララ。
場面は変わり、必死で病院内を急ぐ父親の姿。
父はベッドに横たわるララの手をとりララを安心させるようにか微笑みます。
父が帰ったのか、病室に残ったララがどうにかベッドに腰かけ窓を見やるとぼやけた姿が映っていました。
画面は暗転し、髪を短くした大人っぽくなったララが颯爽と歩いているシーンを映して終わります。
終わります。
ラストは多分数年後なのだと思われます。
髪が短くなっているのと、これからレッスンに行くという感じでもない綺麗めカジュアルな服装だったのでバレエは辞めて働いたり別の学校に通っているのかな?という印象ですが受け手が想像するしかありません。
ただララの表情が明るかったので良かった…。
ところでポスターや予告で「エモーショナルなクライマックス」というキャッチコピーが使われているのですが、あの極限まで追い詰められた痛々しい決断を「エモーショナル」と表現するのは間違いではないにしても軽い気がするけどどうなのだろう。
エモーショナルどころじゃねぇや、というのが正直な感想。